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石けんも地球を汚す?
■朝日新聞のくらし欄 2001年1月8日の朝日新聞朝刊のくらし欄に、大きな見出しで「石けんも地球を汚す?」という記事が掲載されました。 記事の内容は朝日新聞のHPで見ることができます 石けんも地球を汚す? 記事によると、石けんの問題点は 1.石けんは合成洗剤に比べて有機成分が多く、環境の負荷になる 2.原料のヤシ油を使うことで生態系に負担をかけている というものです。 それでは、これらの問題について考えてみましょう。 ■石けんを使うと生活排水の水質ははどの程度悪化するか 洗濯1回に使う量を比較すると、石けんに含まれる有機物は合成洗剤の約3倍だと言われています。 まず、合成洗剤を石けんに変えた場合、生活排水の水質がどれくらい悪化するかを考えてみます。 平成10年版環境白書によると、一人が一日に出す生活排水に含まれるBODは、し尿が13g(30%)、風呂が9g(20%)、台所が17g(40%)、洗濯が4g(10%)、合計43gとされています。
このうち、洗濯排水については、汚れは13.5%にすぎず、残りの86.5%(3.5g)が洗剤そのものとされます。 一方、台所排水については、台所用合成洗剤の販売量が洗濯用合成洗剤の3分の1程度なので、排水中の洗剤は約1.2g、残りの15.8gは食べ残し、食器の汚れ、油等と考えられます。台所排水については、洗剤より食べ残し等の方がはるかに多く、合成洗剤を石けんに変えることによるBODの増加に気を使うより、食べ残しを流さない、汚れは拭き取ってから洗う等の方がはるかに重要と考えられます。 洗濯と台所で使われている合成洗剤を石けんに変えたとすると、 生活排水に含まれるBODは 43g → 52.4g になり、約22%増加する 計算になります。 ■霞ヶ浦や東京湾の水質に与える影響は 1999年の石けん生産量は4.3万トンで、合成洗剤を含めた全洗剤の4.5%にすぎません。この程度の使用量だと、現状では石けんによる環境汚染は問題になっているとは考えられません。 しかし、石けん使用量が現在の5倍、10倍に増えても水質は悪化しないのでしょうか? 霞ヶ浦を例にして、石けん普及率が10%(現在の2倍)、20%(4倍)、50%(10倍)、100%になった場合、水質の変化を計算してみましょう。 平成10年版環境白書によると、霞ヶ浦の水質汚濁(COD)の原因は、生活系34%、産業系3%、畜産系13%、水産系7%、市外地・山林等43%とされています。
霞ヶ浦の水質汚濁原因の34%が生活排水です。この生活排水に含まれる合成洗剤を石けんに変えた場合のBODの増加は計算することが出来ます。 霞ヶ浦における、現状のCODを100とした場合、石けん普及率が増加した場合のCODの変化は以下のようになります。
霞ヶ浦の水質汚濁の原因は生活排水だけではないので、石けん普及率が現在の4倍の20%になったとしても、CODはわずか1.5%しか悪化しません。しかし、合成洗剤の濃度は確実に20%減少します。 次に、東京湾を見てみましょう。東京湾の水質汚濁の原因は、生活系(下水処理場処理水)が36%、生活系(未処理)が33%、産業系21%、その他10%と、生活排水が多いことがわかります。
霞ヶ浦の場合と同様に計算すると
となり、生活排水の割合が多い分、霞ヶ浦よりは水質は悪化します。 しかし、生活排水の内訳を見ると、もっと問題があることがわかります。それは、下水処理場などで処理されずに流れ込む未処理の生活排水です。下水処理場で処理することで、生活排水中のBODやCODは90%以上が除去されます。未処理地区の排水を10%下水処理場等で処理するごとに、東京湾の水質は約3%ずつ改善されます。これは、石けん使用による水質悪化を懸念するよりも優先的に取り組む課題であると考えられます。 ■水生生物への影響は BODの増加は水中の酸素を消費し、水生生物への影響はあります。石けんの使用量が増えると、確かにBODは増加しますが、その割合は、石けんが10%増えるごとに、霞ヶ関では、わずか0.7%増加するにすぎません。それに対して、石けんが10%増えるごとに、LAS等の合成洗剤濃度は確実に10%減少します。 水生生物への毒性は石けんに比べて、LASやAEが高いことは事実です。霞ヶ浦などの閉鎖性の湖では分解性の悪いLASなどの濃度は高くなりやすく、魚介類への影響も懸念されます。 総合的に見ると、水生生物に対するリスクは石けん使用量が増えても、高くなることは無い、むしろLAS等の濃度減少で改善されると考えられます。 水生生物への影響については 「合成洗剤の環境問題」 「水生生物を守る法律」 でも考察しています。 ■ヤシ油問題 石けんを増産すると、原料のヤシ油を使うことで生態系に負担をかけているのではないか、という問題は 「石けんは熱帯雨林を破壊するか」 にまとめまています。石けん使用量増加による生活排水の水質悪化よりは、こちらの方が大きな問題のようです。 石けんを増産するには、食料としての油脂との競合が大きなハードルとなります。この問題への解答の一つとして 「廃油石けんの可能性」 にまとめています。 ■排水方法で使い分けを 朝日新聞が主張する、「使用する場所で石けんと合成洗剤を使い分ける」や「洗剤の使用量を減らす工夫」は、正しい選択であると考えられます。 紙面で紹介されているように、水生生物が多く生息し、石けんを使うことが望ましい場所で合成洗剤が使われている場合があり、このような場所では、石けんを優先して使うべきだと考えられます。 一方、下水道が普及している地域に住んでいて、かつ合成洗剤で手荒れ等の影響が無い人もいます。その様な人が、合成洗剤を選択するのも否定はできないと思います。 ただ、どのような人が、どのような石けん、洗剤を選択するのが良いのかという情報は広く普及させる必要はあります。 ■数字に表れない問題 今回の朝日新聞の問題は、石けんを普及させようとする人、環境に良さそうだから、石けんを使い始めた人たちにとっては、かなり衝撃的な記事だったようです。 石けんを使おうという人は、環境問題にも関心が高く、石けん意外にもゴミ問題、資源の問題、エコロジーの問題などを積極的に勉強している事も多いと考えられます。それらの人は、石けんや洗剤の使用量を守り、生活排水にも注意しており、総合的には、石けん使用によるBODに増加以上に環境に負荷をかけないライフスタイルを実行していると考えることもできます。 21世紀の環境問題を解決させるために、消費者一人一人が自らのライフスタイルを見直し、より、環境負荷をかけない方法を実践していく必要があります。 その様な、消費者教育に「石けん」は絶好の教材だと思います。本HPの主張も、「石けん生活をとおして化学物質の安全やエコロジーを考えてみませんか」です。石けんはきっかけに過ぎませんが、少しでも多くの人が、広い視野で環境問題を考えることができるようになることが目的の一つです。 朝日新聞の記事は確かに注目を集め、朝日新聞の宣伝にはなりましたが、消費者をいたずらに混乱させることにならなかったでしょうか? 石けんを使ってみようと思う「環境問題に関心を向ける芽」をつみ取っていないでしょうか? 合成洗剤を使っている人に免罪符を与え、「合成洗剤は石けんの3倍使ってもいいんだ」などの間違った意識を与えなかったでしょうか? 朝日新聞には、記事の方向性の再考を願いたいと思います。 |
参考となるHP
環境白書平成10年版
第3章第1節