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石けんは熱帯雨林を破壊するか?


■ヤシ油問題とは

 石けんの原料のひとつにヤシ油が使われています。最近、地球環境問題を考えると、石けんの使用量が増えるとヤシ油増産のために熱帯雨林が切り開かれるとの話が聞かれますが、本当でしょうか?ヤシ油について考えてみましょう

 花王ケミカルだより*1によると、世界における油脂の生産量は、年間で約8,500万トン(1993年)です。 油脂全体の90%は食用として使われ、非食用(洗剤など)は10%です。

動物油脂  生産量(万トン)
牛 脂 686 
バター 596 
豚 油 546 
魚 油 113 


合 計      8,492
植物油脂 生産量(万トン)
大豆油 1,728 
パーム油 1,378 
ナタネ油 918 
ヒマワリ油 754 
落下生油 395 
綿実油 382 
ヤシ油 289 
オリーブ油 200 
パーム核油 178 
コーン油 158 
ゴマ油 70 
アマニ油 56 
ヒマシ油 45 


 ヤシ油というのは、正確にはココヤシから取れる油(ヤシ油)と、アブラヤシから取れる油(パーム油)、そしてアブラヤシの実の胚乳から取れる油(パーム核油)の3種類に分けられます。このうち、多くの人が「ヤシ」ときいて思い浮かべる、南海の島の海辺に茂っているヤシがココヤシです。アブラヤシは大きさが4〜5cmの小さな実が一つの果房に数百個つきます。

 ココヤシから取れるヤシ油の生産量は289万トンなのに対して、パーム油とパーム核油の合計は1,556万トンとヤシ油の5倍以上となっています。ココヤシが主に海岸線生育するのに対して、アブラヤシは内陸部でも生育できることから、熱帯雨林を切り開いて大規模なヤシプランテーションが作られます。実際、ヤシ油(ココヤシ)の生産量が近年横ばいなのに対して、パーム油(アブラヤシ)の生産量は急増しています。環境NGOから、熱帯雨林破壊と批判されているのはアブラヤシのプランテーションです。

 石けんの原料として使われてきたヤシ油はココヤシから採れる油です。ココヤシ生産の歴史は古く、フィリピンやインドネシアでは重要な産業として、計画的に生産されているため、急激な環境破壊は起こっていないと考えられます。
 一方、近年、大規模なアブラヤシプランテーションは、資本力のある大手の企業によって開発され、その一部は合成洗剤に加工されています。最近の消費者の自然志向の高まりの中で、天然原料を使った洗剤、ヤシから作った洗剤として市販されているのは、主にパーム油を原料とした高級アルコール系合成洗剤や非イオン系合成洗剤です。

 石けんの原料はヤシ油だけではありません。牛脂や大豆油は昔から石けん原料として使われていました。石けんは基本的には油脂であれば、動物性、植物性を問わず作ることができ、通常捨てられ、水質汚濁の原因となっている家庭廃油からも作ることができます。

 以上をまとめると、少なくとも現時点で、石けんの生産のために熱帯雨林が破壊されたとは考えられないと判断できます。むしろ、パーム油が原料の合成洗剤の生産が熱帯雨林を破壊している、更に、食料としてのパーム油の増産が、その10倍以上も熱帯雨林を破壊しているといえます。

■石けんの増産は可能か?

 現時点では石けんは熱帯雨林を破壊していないと考えられますが、合成洗剤を禁止して、すべて石けんに転換することは可能でしょうか?

 日本における油脂消費量は、年間で約280万トンで、そのうち約45万トンが洗剤や石けんの原料に使われています。また、1999年における合成洗剤と石けんの販売量を以下に示しました*2

合成洗剤
販売量(トン)
割合(%)
 洗濯用(粉末) 589,552  60.6 
 洗濯用(液体) 56,116  5.8 
 台所用 192,570  19.8 
 住宅・家具用 91,250  9.4 
 (合 計) (929,488) (95.5)
石けん
 洗濯用・粉末・固形 23,623  2.4 
 台所用・その他 19,680  2.0 
 (合 計) (43,303) (4.5)


 合成洗剤と石けんの合計販売量は97.3万トンで、そのうち石けんは4.3万トンと、全体のわずか4.5%です。もし、合成洗剤をすべて禁止し、石けんに切り替えるとすれば、92.9万トン分の合成洗剤に相当する石けんを生産する必要があります。
 洗濯用や台所用合成洗剤に含まれる界面活性剤の含有量を30%とすると、92.9万トンの合成洗剤には約30万トンの界面活性剤(LAS、AS、AE等)が含まれることになります。石けんは1回の使用に界面活性剤として、合成洗剤の3倍ほど多く必要です。つまり、約90万トンの純石けんが必要という計算になります。この石けんを生産するのには、約100万トンの油脂が必要です。

 油脂は言わずと知れた食料であり、これだけの油脂の石けんへの転換は食料と競合することになります。一部は廃棄される牛脂の有効利用や大豆油、米糠油等でまかなうことができますが、不足分はパーム油等に頼らざるを得ないのが現状です。地球的に見ると、人口増により食糧不足が深刻な問題となっている現在、石けんのためのパーム油大量増産は無理な選択といえそうです。

■石けん、洗剤の適正使用が重要

 地球環境問題という視点で見ると、直ちに合成洗剤を禁止し石けんへ転換するのは難しいと考えられます。ただ、石けんは石油等の化石資源を消費するわけではなく、再生産可能な生物資源を利用することから、マスバランス的には地球を汚染することは少ないと考えられます。食料としての油脂とのバランスを考え、環境に負担をかけない油脂の開発、家庭からの廃油の積極的な利用を行うことで、現時点の数倍程度の生産量は確保できると思います。
 石けん、合成洗剤のいずれについても、まず必要なのは使用量の削減です。快適さを求めることで、「朝シャン」や、「袖を通したら汚れていなくても洗濯」などのライフスタイルは、環境に負担をかけることによって成り立っているという認識は必要であり、洗剤の適正な使用を心がける必要があります。

参考
*1 花王ケミカルだより
*2 日本石鹸洗剤工業会