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軟水器が環境を破壊する?


■軟水器の再生に用いる食塩を含んだ排水が環境を汚染する?
 
 「軟水器を再生するには、定期的に食塩水を流す必要がある。その食塩水の排水が、環境に流れ出し、灌漑用水として使った場合、作物に悪影響を与える。カリフォルニア州では、自動再生装置付きの軟水器の使用が禁止された。日本でも、軟水器が普及した場合、他人事ではない。」

 軟水器ユーザや、軟水器に興味を持っている人にとってショッキングな記事が、石けん販売店のサイトに掲載されました。一見科学的に書かれているこの記事の信憑性はどの程度でしょうか?

■カリフォルニアの水事情

 自動再生装置付きの軟水器の使用が禁止されたのは、カリフォルニア州サンタクラリタ市、ロサンゼルスの北西に位置します。年間降水量は、306mm。東京の年間降水量は1740mm (2006)なので、5分の1以下しか雨が降りません。特に、作物が育つ夏場の5月から8月は、きわめて降水量が少ない(5mm以下)地域です。
 地図から見ても、大きな河川は流れておらず、生活用水、農業用水の多くは地下水に頼っています。また、水の再利用も行われており、下水処理場の処理水は、灌漑用として用いられています。
 降水量が少ない地方の地下水は、一般的に硬度だけでなく、塩濃度が高いとされています。塩濃度の高い水は、農業に悪影響を与えるのはよく知られています。このように、降水量が少なく、再生水が多く利用されている地域の場合、水質管理において、塩濃度は大きなファクターになります。
 軟水器は、再生に食塩を使うことから、定期的に食塩を含んだ排水を流します。硬度が高いほど、再生周期が短くなり、食塩の排出量は増えます。禁止された自動再生装置付きの軟水器とは、タイマーを使って、定期的に再生を行う機械で、便利な反面、軟水器の性能を常に維持使用とするため、設定によっては過剰に再生を行う場合もあります。サンタクラリア市は、このような、水事情を考えた上で、自動再生装置付きの軟水器からの排水が、再生水の水質に影響を及ばすと判断したと考えられます。
 水事情は、地域によって大きく異なるので、このケースの場合はやむを得ない処置であると考えられます。

■日本の水事情

 それでは、カリフォルニアの例が、そのまま日本に当てはまるのでしょうか?日本で、軟水器が普及すると、同じように農業に影響を与えるような環境破壊につながるのでしょうか?
 日本では、人の健康、環境への影響などを考慮して、環境基本法、水質汚濁防止法など多くの法律で、工場排水、飲料水、農業用水など基準が決められています。

1.環境基準
 環境省が設定した環境基準を下に示しました。ここで決められている項目は、重金属、PCB、ハロカーボン類、農薬、ふっ素、ほう素などです。
 ここには、軟水器の排水である食塩(ナトリウムと塩素イオン)は定められていません。これは、食塩成分は、日本では問題にならないと判断されているためです。


2.農業用水
 次に、カリフォルニアで問題となった農業用水の基準については、農林水産省の基準があります。これは、農産物の生育に有害な項目を示したものですが、やはり、食塩の規制はありません。これは、日本の河川水、井戸水などに含まれる食塩濃度は農産物に影響を与える濃度ではないことを示しています。
 むしろ、ここに示された有機物(COD)の影響の方が大きく、家庭排水に食べ残しや、石けん、洗剤を流すことの方が問題とされています。


3.水産用水基準
 養殖などに使われる水の基準を示しました。やはり、食塩の基準値はなく、問題にされていないことが分かります。問題とされているのは、家庭排水にも含まれる、BOD、COD、リン、窒素などです。


4.水道法水質基準
 水道水の基準で、これは人の健康を考慮した基準となっています。ここでは、食塩の成分である、ナトリウムは200mg/L、塩素物イオンは200mg/Lが基準となっています。
 ちなみに、日本水道協会のデータによると、日本の水道水中のナトリウム濃度は、平均約15mg/L、塩化物イオン濃度は、平均約16mg/L程度です。




■軟水器の排水が環境を汚染するのか

 このように、日本は降水量が多く、生活用水、工業用水、農業用水の多くは河川水、ダム水などを利用しているため、食塩濃度は低く、現時点では問題とされていません。むしろ、問題とされているのは、生活排水に含まれるBOD、CODで示される有機物、窒素、リンなどであることが分かります。
 それでは、これから家庭用軟水器が普及した場合、水道水や農業用水を汚染するほどの大量の食塩が排出されて、問題となる可能性があるのでしょうか?先の記事では、日本で軟水器が普及したら、カリフォルニアと同じ問題がおこることを示唆するような内容です。しかし、その内容は定量的考察に欠け、きわめてあいまいなものです。

 化学物質の環境挙動と、環境影響についての考察は難しいのですが、最近のリスク評価の考えを参考にして、以下のように評価してみました。

 評価目的    : 東京都区部を対象にして、家庭用軟水器が普及した場合に、下水処理場放流水の食塩濃度がどの程度上昇するかを推定する
 評価方法    : 下水処理場放流水中のナトリウムイオン、および塩化物イオン濃度を、水道法水質基準と比較して評価する
 対象人口    : 865万人
 下水処理量   : 1,754,000,000 m3/年,(4,800,000 m3/日)
 石けん普及率 : 4%(34.6万人)
 軟水器普及率 : 0.02%
 軟水器再生に必要な食塩量:10kg/月(自動再生機能付き軟水器を想定)
 原水のナトリウム濃度:15mg/L
 原水の塩化物イオン濃度:16mg/L

 現在の軟水器普及率を0.02%と推定すると、東京都全体で1730台の軟水器が使われていることになり、月に17,300kgの食塩が流されていると計算されます。これは年間207,600kgとなります。この食塩が、下水に流れ込むのですが、下水処理場は、年間1,754,000,000m3の下水を処理するので、処理水の食塩濃度は0.12mg/Lとなります。原水(水道水)中に、はじめから31mg/Lの食塩が含まれているので、結果としては、31mg/L→31.12mg/Lに増えるだけで、ごくわずかです。

 それでは、仮に家庭用軟水器が、現在の100倍普及し(普及率2%)、石けん使用者の2人に1人が軟水器を使うようになったとします。さらに、それらがすべて自動再生機能付きの高価な軟水器である仮定します。実際、このような普及はあり得ないほど大きい数字と考えられますが、安全を考えた最大の数字として計算してみます。
 この場合、食塩濃度は31mg/L→43mg/L となります。この数字を、水道法水質基準と比較すると、食塩43mg/Lに含まれるナトリウム濃度は17mg/Lとなり、水質基準200mg/Lの10分の1以下です。また、同様に塩化物イオン濃度は26mg/Lであり、水質基準200mg/Lの約9分の1にすぎません。

 実際に、このような数字の軟水器が普及する可能性はきわめて低いので、実際の影響はずっと小さいものです。また、高価な自動再生機能付きの軟水器がここまで普及するわけはなく、安価な手動再生式の軟水器が普及するのではないかと考えられますが、手動再生式の軟水器は、自分で再生を行うので、多くの食塩は使いません。ポリソフナーのような4リットル程度の軟水器の場合、4人家族で給湯と洗濯に使ったとしても、1ヶ月に2kg程度しか食塩を使いません。

 以上の検討結果からの結論は、

  「今後、日本で家庭用軟水器が普及したとしても、その食塩が原因で、日本の水質を悪化させる可能性はきわめて低い」

となります。


■石けんリスクと軟水器リスク

 上で述べた、日本の水質基準で、食塩よりも、BODやCODが問題にされていることが分かります。
現在、河川や海を汚している原因の約80%は家庭からの生活排水とされています。生活排水の内訳は以下の通りで、洗濯排水は全体の10%、BODにして4gとなります。


 4gという数字は平均的な数字で、合成洗剤の普及率を96%と考えると、この数字は、ほぼ合成洗剤を示していると考えられます。石けんに含まれる有機物は、合成洗剤の約3倍なので、石けん使用者の洗濯排水に含まれるBODは12gと計算されます。硬度の高い地域では、石けん使用量は増えます。また、泡立ちを気にして必要以上に石けんを使うとBODはさらに増えることになります。標準使用量の1.5倍使った場合、BODは18gとなり、生活排水として無視できる量ではありません。
 石けんは、環境に流された場合、水生生物への毒性は低いものの、BODを増加させ、川をどぶ化したり、下水処理場に負荷をかけるという欠点があることが指摘されています。
みそ汁1杯を流した場合、そのBODから計算すると、魚が棲める濃度(5ppm)にするには、約1400リットルの水(風呂おけ4.7杯分)で薄める必要があります。1回分の洗濯に使う石けんを流した場合は、なんと10000リットル(風呂おけ33杯分)もの水で薄める必要があります。

 石けんといえども、使いすぎは環境問題を引き起こすことは、今や常識となっています。いかにして、石けん使用量を減らすかが、今後の環境問題を考える上でのキーワードになります。
 軟水器を使うことで、石けん使用量は標準使用量の約40%減らすことができます。特に、硬度の高い地方での効果は著しいことは、本HPでも述べているところです。

 軟水器の環境リスクはあるのでしょうか?再生用食塩の環境リスクについては上に述べたとおりで、問題になるとは考えられません。食塩は、海水から作られ、海水に帰るという自然の循環サイクルに入る物質で、よほど大量に使用しない限り環境汚染物質になならないと考えられています。手動式軟水器の場合、電気は使わないので、エネルギー問題も発生しません。イオン交換樹脂の寿命は、5年から10年とされています。イオン交換樹脂は、プラスチックの一種なので燃えるゴミ(または不燃物)として処理されますが、10年に一度、4kgほどのゴミを出すだけです。通常のゴミは、1人1日1kg出すとされているので、それに比べてきわめて少ない量であることが分かります。軟水器本体は、メンテナンスをすれば10年使うことができます。

 以上から、軟水器本体のリスクに比べて、石けん使用量を減少させ、環境負荷を大きく減らすことのできるメリットの方が、はるかに大きいことが分かります。


参考:
水を汚しているのは
アライグマが地球を汚す
軟水はエコロジー&エコノミー

東京都下水道局