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石けんにまつわるニセ科学(2) - 合成洗剤の残留 -


■合成洗剤の残留に関する誤解

 石けん系の掲示板で、よく次のような発言を見かけます。

(1) 合成洗剤で洗った衣類には、合成洗剤が蓄積していて簡単には落とすことができない。
(2) 合成洗剤から石けんに切り替えるときには、衣類に残った合成洗剤が石けんの洗浄力を大きく落とす。そのため、しばらくは石けんを標準使用量の2倍以上使う必要がある。
(3) 衣類に残った合成洗剤の残留を除くには、アルカリ剤による洗濯が効果がある。

 これらの発言には、科学的に見て強い違和感を感じます。
 一見科学的な発言のように聞こえますが、肝心な理論とデータによる客観的な説明がほとんどなされていません。

たとえば
(1) 「合成洗剤が蓄積する」という発言していますが、具体的にどれくらいの量蓄積しているかを示していません(根拠がない)。
(2) 「簡単に落とすことができない」と発言するなら、合成洗剤で洗った衣類を、石けんで洗い続けて、合成洗剤の残留がどのように減少しているか示す必要がありますが、そのようなデータは示されていません(単なる憶測に過ぎない)。
(3) 合成洗剤から石けんに切り替えたときに、石けんの洗浄力が落ちるという具体的なデータがない(信憑性に欠ける、作り話ではないか?)。
(4) アルカリ剤で合成洗剤が除去できるという理論が不明(科学的な発言ではない)。

 一部の石けん愛好家の中で、なかば常識のように信じられているこのニセ科学の正体を調べてみましょう。


■合成洗剤の残留

 合成洗剤で洗濯した衣類には、必ず洗剤は残留します。どれくらいの洗剤が残留しているかについては、川崎市高津保健所で調査した結果、衣類重量の0.02%〜0.15%(平均0.094%)という報告があります。ただし、これは1978年の報告であり、現在は、合成洗剤はコンパクト化され、1回あたりの使用量が減少しているので、洗剤の残留量は少なくなっていると推定されます。

 合成洗剤の主成分であるLASの溶解度は、200g/Lと、水には溶けやすい物質です。PCBやダイオキシンなどは、非常に水に溶けにくく、油に溶けやすいので生物に蓄積しますが、LASのような水に溶けやすい物質は、蓄積することはありません

 LASのような界面活性剤は、下図のような油に溶ける部分と、水に溶ける部分の両方を持つ物質です。衣類表面では、油に溶ける部分が衣類に吸着することで残留します。残留する量は、界面活性剤の吸着力と、水への溶けやすさで決まり、ほぼ一定の量になります。洗濯を繰り返すことで、界面活性剤がどんどん蓄積するようなことはありません。





合成洗剤の残留が石けんの洗浄力を落とすか?

 合成洗剤の衣類への残留量は、多く見積もっても衣類の0.1%程度です。これは、1kgの衣類に1gという計算になります。2kgの衣類を30Lの水で洗濯する場合、残留している合成洗剤は2g、使う石けんは40gになります。この程度の合成洗剤が石けんの洗浄力を落とすのでしょうか?

実験1 気泡力試験
 石けんの洗浄力は、気泡力(泡立ち)と関係があります。石けんを標準使用量(水30リットルに40g)水に溶かし、その中に合成洗剤を加えたとき、気泡力がどれだけ落ちるかを調べてみました。

 1 石けんを標準使用量溶かした液
 2 1に、衣類に合成洗剤(LAS)が0.02%残留したときの量に相当する合成洗剤を加えた
 3 1に、衣類に合成洗剤(LAS)が0.05%残留したときの量に相当する合成洗剤を加えた
 4 1に、衣類に合成洗剤(LAS)が0.10%残留したときの量に相当する合成洗剤を加えた

 もし、衣類に残留した合成洗剤が、石けんの洗浄力を落とすのなら、石けんの気泡力が下がり、泡立ちが悪くなるはずです。

 結果は、下の写真のとおりです。石けんだけの時に比べて、合成洗剤を加えても、石けんの泡立ちは全く変わりませんでした。
気泡力試験からは、この程度の量の合成洗剤が加えられても、石けんの洗浄力は落ちないことがわかりました。

1 石けんのみ
2 石けん+合成洗剤を衣類の0.02%残留した時の量を添加
3 石けん+合成洗剤を衣類の0.05%残留した時の量を添加
4 石けん+合成洗剤を衣類の0.10%残留した時の量を添


実験2 洗浄力試験

 次に実際の洗濯機を使って洗浄力試験を実施してみました。
 この試験は、あらかじめ同じ量(約2kg)の衣類を、@合成洗剤、A石けんで洗っておきます。次に、石けんを標準使用量(水30Lに40g)使って@とAを別々に洗濯します。このとき、口紅と皮脂で汚した布(汚染布)を一緒に洗います。洗い終わったあと、それぞれの汚れの落ち具合を比較します。

 もし、合成洗剤で洗った衣類に残留した合成洗剤が石けんの洗浄力を落とすなら、汚染布の汚れ落ちは低下するはずです。

 結果は以下の写真のとおりです。口紅の汚れも、皮脂汚れも、あらかじめ合成洗剤で洗った衣類を洗ったときと、石けんで洗った衣類を洗ったときも変わりはありませんでした。
 これらの結果からも、衣類に残留した程度の合成洗剤は、石けんの洗浄力を落とさないことがわかりました。

口紅で汚した布の洗浄力試験結果

1 洗わない
2 水で洗った
3 合成洗剤で洗った衣類と一緒に洗濯した
4 石けんで洗った衣類と一緒に洗濯した
皮脂で汚した布の洗浄力試験結果

1 洗わない
2 水で洗った
3 合成洗剤で洗った衣類と一緒に洗濯した
4 石けんで洗った衣類と一緒に洗濯した


皮脂は、わかりやすいように色素で着色しました


アルカリ洗浄で合成洗剤の残留を落とすことが出来るか?

 アルカリ剤での洗浄の理論は、脂肪酸などの酸性の汚れは、アルカリ性の水に溶けやすいという性質を利用したもので、効果があるのは酸性の汚れだけです。
 合成洗剤の主成分であるLAS、AE、ASはいずれも中性です。衣類に吸着した合成洗剤を除去するのに、アルカリ剤は何の役にも立ちません。いったいどのような理論でアルカリ剤が合成洗剤の残留を除去するというのでしょう?

 衣類に吸着した合成洗剤は、石けんのような界面活性剤を使って、衣類から引きはがし、分散させる必要があります。合成洗剤の残留を除去するには、石けんが最も効果的で、数回洗うことで、ほとんどの合成洗剤の残留を除去することが出来ます。実際、今回の実験でも、1回洗っただけで、衣類に残った合成洗剤の香料の臭いはほとんどしなくなりました。


■合成洗剤から石けんに切り替えたとき、うまくいかない理由

 「合成洗剤から石けんに切り替えたとき、うまくいかない理由は、衣類に残留した合成洗剤が石けんの洗浄力を大きく落とすため」という発言が、非科学的なものであることがわかりました。それでは、うまくいかない本当の理由は何でしょうか?

(1) 使用量が適切でない
 合成洗剤は、洗浄力を発揮する濃度範囲が広いため、適当な量使っても、ある程度の洗浄力はあるが、石けんの最適濃度は狭く、少なすぎると全く洗浄力がない、多すぎると石けんカスが大量に発生する。適正量の見極めが、うまくできていない。
 最近のコンパクト洗剤の使用量と比較して、石けんの使用量は多い。特に硬度の高い地域ではさらに多くの石けんが必要であり、合成洗剤から石けんに切り替えた人には異常な量と感じる。この違いが理解できていない。

石けんと合成洗剤の標準使用量の比較(水30Lあたりの標準使用量)

1 石けん 40g
2 コンパクト合成洗剤 20g
3 コンパクト液体洗剤 10mL

石けんの標準使用量が多いことがわかります。合成洗剤から石けん伊切変えた人は、この使用量の違いがよくわからず、石けん使用量が少なすぎて、全く泡が立たない、洗浄力がない状態で使ってしまいがちです。

(2) 石けんを溶かせていない
 石けんは合成洗剤に比べて溶けにくく、合成洗剤と同じように洗濯機にパラパラ入れるだけでは溶けないので必ず失敗する。少量のお湯で完全に溶かしてから洗濯機に入れるなどの工夫が必要。

(3) 洗濯機の黒カビ
 洗濯機自体が汚れていると、その汚れに石けんが使われて、洗浄力が発揮できなくなり、使用量も増える。石けんを使い始める前に、一度徹底的に掃除する必要がある。
 ただし、これは合成洗剤から石けんに切り替える時に限った話ではなく、石けんを使っていると合成洗剤の時以上に洗濯機に石けんカスが残るので、洗濯機の洗浄は合成洗剤使用時以上に行う必要がある。

 石けんを上手に使いこなすのは合成洗剤ほど簡単ではありません。石けんは合成洗剤のように手荒れがおきたり、衣類に残留してもかゆみなどが起きることも少なく、皮脂汚れなどに対する洗浄力が高いなどの長所も多いのですが、溶けにくい、洗浄力を発揮できる濃度を見極めるのが難しい、石けんカスが発生するなどの欠点も併せ持ちます。
 石けんの性質をよく知り、使いこなすのは、コツがいりますが、正しい知識を身につけることで、多くの問題は克服でき、快適に石けんライフを送ることが出来ます。

結論
 1 合成洗剤から石けんに切り替えたときに、うまくいかないのは、合成洗剤が衣類に残留していることとは無関係。 
 2 うまくいかないのは、石けんの使用量、溶かし方などが、合成洗剤と異なるため、使いこなせていないため。
 3 ポイントを押さえれば、切り替えも短時間でスムーズにいく。


 石けんの周りには、今回取り上げたような「ニセ科学」も多く存在します。その多くは、(1)科学的知識のない人の思いこみによる発言、(2)一部の悪質な石けん販売業者による合成洗剤攻撃や、自社製品を売り込むための偏った情報の発信、(3)「〜の恐怖!」などのトンデモ本の作者による、消費者の恐怖を煽る悪質な情報 などで、いずれも科学的根拠に欠ける悪質なものです。
 消費者は、このような悪質な情報に惑わされることなく、正しい知識を身につけ、科学を生活に生かしていきたいと思います。