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石けんにまつわるニセ科学(1) - 石けんは1日で分解する -


■ニセ科学の横行

 「発掘!あるある大辞典U」のデータねつ造事件以来、様々なメデイアが同じような「都合の良い」情報を流していることが指摘されています。特に、「科学」の衣を着て、もっともらしく消費者を騙し、特定の商品を販売する悪質な商売は後を絶ちません。
 石けんも例外ではありません。石けんは環境に良さそうだ、安全そうだというイメージを消費者に訴えるために、とんでもないニセ科学が使われることがあります。

 石けんは万能ではありません、石けんカスの問題、有機物負荷の問題など多くの欠点も持ち合わせています。それらを正しくとらえ、使いやすいように工夫することで、石けんの長所を生かすことが重要です。

 ここでは、石けんにまつわるニセ科学について、考えてみましょう。


■石けんは1日で分解する

 「石けんは1日で分解するので環境に優しい」、「石けんカスは魚のえさになる」、「合成洗剤はいつまでも環境に残留する」・・・石けん販売店、石けん系掲示板では、常識のように話されている内容です。これも、実はもっとも悪質なニセ科学です。
 「石けんは1日で分解する」の根拠とされるのは、JISK3363「合成洗剤の生分解度試験方法」によるものですが、この試験方法は、一般の河川や湖沼とは全く条件が異なります。高い温度、大量の微生物の存在下、十分な酸素を供給しながら、石けんが1日で分解しても当たり前です。この実験結果から、あたかも石けんが川に流されても1日で分解すると拡大解釈するのは大きな間違いです。

 化学物質の生分解性を評価する試験方法として、化審法がよく用いられていますが、その結果の一部を次に示します。

グラフの横軸は日数、縦軸はTOCとしての分解度(%)です。
0日目は分解度ゼロですが、徐々に分解が進み、100%になると完全に分解されたという意味です。

TOC(全有機炭素)は、有機物としての量を量る方法で、BODやMBASより正確に分解を見ることができます。


SOAP: 石けん
AS : アルキル硫酸エステル(高級アルコール系)
AOS: アルファオレフィンスルホン酸
AE : ポリオキシエチレンアルキルエーテル(非イオン系)
AES: アルキルエーテル硫酸エステル
LAS: 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸


製品では
アタック: AE+LAS
トップ:AE+AOS
アリエール:LAS
コープセフターE:AS+AE+SOAP
が使われています
洗濯用洗剤の成分表
   

 結果から、生分解性の良い順番に並べると

    石けん≒AS≒AOS > AES≒AE > LAS

 石けんが一番生分解性が良いのは確かですが、合成洗剤の中でも高級アルコール系のASやAOSは石けんとほとんど変わりません。LASは比較的分解性が悪く、AEやAESもやや悪いと分類されます。
 この結果を見て、やっぱり石けんが生分解性がよい、石けんを使いさえすれば環境に優しいと結論づけるのは早すぎます。

 上のグラフを、ちょっと見方を変えて見ます。


 さっきと同じデータを使っているのですが、縦軸を残存率にしてみました。はじめ100%だったものが、徐々に分解していく様子を示しています。このグラフの曲線から下の部分の面積は、それぞれの界面活性剤が環境中で、どれくらいの濃度でどれくらいの期間存在するかを示しており、面積が大きいほど環境負荷が大きいことを表しています。
 このグラフでは、石けんの面積が一番小さく、環境負荷が小さいと言うことができますが、ちょっと待ってください。このグラフは、同じ量の石けんや、界面活性剤の分解度を比較したものです。実際の環境での状態を考えるには、使用量を考慮する必要があります。

 粉石けん(石けん分70%)の標準使用量   : 水30リットルに40g、そのうち石けん分は28g
 コンパクト洗剤(洗剤分25%)の標準使用量: 水30リットルに20g、そのうち洗剤分(界面活性剤)は5g


 粉石けんに含まれる有機物(石けん分)は、合成洗剤の5.6倍になります。この数字を考慮して、グラフを書き直してみます(縦軸は洗濯1回あたりの有機物量)。


 石けんの有機物が格段に多いことがわかります。いくら石けんが分解性がよいといっても、有機物そのものが多いので、結果として環境負荷は大きくなります。最も生分解性の悪いLASと比べても、逆転するのに8日間、AEやAESと逆転するのは12日後、ASやAOSには最後まで逆転することはありません。

 もっとも、このグラフはあくまで有機物負荷のみで比較したものなので、それ以外にも界面活性剤の毒性も考慮する必要はあります。LASなどは水生生物への毒性が高いので、下水が普及していない地方で、家庭排水が直接川や池に流れ込む環境の場合は、生体毒性の小さい石けんを使う意味は大きくあります。しかし、石けんといえども使いすぎは、このグラフのように大きな環境負荷になります。有機物は分解するときに、川や湖沼の酸素を消費して、どぶ川となり、生物が酸欠で棲めなくなります。

 では、すこし極端な例ですが、次のような場合を考えてみます

(1) 首都圏に住んでいるので下水道が完備している
(2) 環境と健康に良さそうなので、石けん分100%の純石けんを使っている
(3) 硬度が高いために石けん使用量は標準使用量の2倍使っている(石けん分として70g)
   (このような人は、実際にいるのではないかと思います。)
(4) 比較のために、生協の高級アルコール系洗剤のセフターE(ASが主成分、標準使用量15g、AS分25%)の例を示します

 さて、純石けんと、高級アルコール系の合成洗剤(セフターE)はどちらが環境に優しいのでしょうか?


 説明する必要もない結果です。
(1) 1回の洗濯での有機物負荷は、純石けんは、セフターEの18.7倍
(2) 洗濯排水は下水に流れる。下水処理場でASは100%分解されるので、環境には流れ出すことはない。
(3) セフターEは、蛍光増白剤、エデト酸塩(EDTA)は無添加
(4) セフターEの原料は、石けんと同じパーム油。植物原料なので温室効果ガスはゼロ(カーボンニュートラル)とされる。
(5) この場合、同じ原料のパーム油から、セフターEは石けんに比べて、約19倍分作ることができる。製造、輸送時のエネルギーも少なくてすみ、総合的に環境負荷は少ない。


 以上のことから、「石けんは1日で分解するから環境に優しい」という言葉が、全くのでたらめ、ニセ科学であることがわかります。
 石けんの大きな欠点の一つは、合成洗剤に比べて使用量が多いという点です。この原因は、石けんが硬度成分にきわめて弱く、石けんカスが生じるためです。結果として、使用量が多くなり、有機物としての環境負荷が高くなることを頭に入れておく必要があります。石けんといえども、使いすぎは環境に大きな負荷を与えます。標準使用量の2倍、3倍使うなどもってのほかです。石けん販売者や悪質な石けんメーカの言葉を鵜呑みにせず、きちんと自分で考えてみてください。

 石けんを使う理由は、このページで示した環境のためだけではありません。洗浄力の高さ、合成洗剤の残留で皮膚にトラブルが出る、香料が嫌いだから、アトピーに少しでも刺激を少なくしたいため、手荒れに悩まされるため、などの理由で、石けんを使われる方も多いと思います。石けんには、合成洗剤にない長所も多くありますが、欠点もあることを認識し、上手に使いこなしたいものです。