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牛脂は毛穴を詰まらせる?



■牛脂は毛穴を詰まらせる?

 手作り石けんを作られている人の間で、まことしやかに伝えられていることの一つに 「牛脂原料の石けんは毛穴を詰まらせる」という意見があります。この話を信じている人は多いようで、手作り石けんを作られている方のHPでも、植物性は肌に良い、高級だを売り物にして、牛脂や動物油脂は悪者と決めつける人さえいます。
 掲示板でも議論になることが多く、私のところにも何度か質問がきました。では、本当に牛脂原料の石けんは毛穴を詰まらせるのでしょうか?

■このうわさの情報源は?

 このうわさの情報源をたどっていくと、前田京子さんの「お風呂の愉しみ」に行き着きます。前田さんは著書の中で、ご自分のご主人が牛脂が原料の石けんから、植物性の石けんに変えたら、湿疹の状態が良くなったことを例に挙げ、自分は牛脂石けんを作るのをやめたと書かれています。
 前田さんの本は日本での手作り石けんブームの火付け役にもなったもので、多くの人に読まれています。そのため、この一つの情報が一人歩きし、「牛脂石けんは毛穴を詰まらせる」といううわさを生み、インターネットを通して広がったと考えられます。

■うわさの信憑性は

 牛脂とオリーブオイルの違いを比べてみました。オリーブオイルはオレイン酸が多く含まれので、水に溶けやすく、保湿力があるとされています。しかし反面、オリーブオイルで作った石けんは、溶けくずれしやすく、酸化しやすいといった使い勝手の悪い石けんになります。牛脂は、日本では浴用石けんの原料として広く使われていて、固く、溶け崩れの少ない石けんができます。これは、ステアリン酸の性質ですが、ステアリン酸は硬度の高い水では石けんカスができやすいという性質があります。
 つまり、牛脂が原料の石けんで問題になるのは、牛脂そのものではなく、牛脂に含まれるステアリン酸が、硬度の高い水で石けんカスになって、肌を覆うことにあります。

 しかし、ここで疑問が生じます。日本で使われている浴用石けんの多くは、その原料が牛脂(70〜80%)とヤシ油から作られています。もし、牛脂が毛穴を詰まらせるのであれば、大問題になっているはずです。また、アトピーなど皮膚にトラブルがある人に、皮膚科医は石けんをすすめることが多いのですが、石けんが毛穴を詰まらせるなら、皮脂の分泌が抑えられて、アトピーはかえって悪化するはずです。



 ここで、再度前田さんの著書を良く読んで、その内容を検討してみると

1.牛脂原料の石けんを牛脂を含まない物に変えて、ご主人の湿疹の症状がよくなった
2.牛脂には石けんカスになりやすいステアリン酸が含まれる
3.前田さんが住まれていたのはアメリカのペンシルバニア州。この地域の硬度は100〜170と日本では考えられないほど高く、非常に石けんは使いにくい。泡立たせるのに、大量の石けんが必要で(皮膚にも刺激になる)、すすいだ後も大量の石けんカスが肌に残る。
4.前田さんのご主人は毛穴がふさがりやすい体質であるとお医者様から言われていた。

ということがわかります。つまり、(1)硬度の高いアメリカで、(2)毛穴の詰まりやすい体質の人が、(3)石けんカスのできやすい牛脂石けんを使った という悪条件が重なったと考えられます。

 もちろん日本でも、このような悪条件が重なった場合は、牛脂原料の石けんでトラブルが起きることもまれにあるかもしれませんが、現実的に、日本の水質で浴用石けんを使うことで毛穴が詰まるといったトラブルが起こる例は少ないと考えられます。

■植物性油脂が原料の石けんは高級か?

 植物性油脂を使った石けんが高級のように宣伝しているメーカ、その宣伝を鵜呑みにしている人もいますが、考えてもらいたいのは、「石けんの性質は原料油脂ではなく脂肪酸組成で決まる」という点です。上の例でいうなら、毛穴が詰まったのは牛脂が原因ではなく、牛脂に含まれるステアリン酸が原因らしいということです。
 植物原料なら大丈夫と信じ込んで、オリーブ油を中心に石けんを作ってみたが、溶け崩れが激しくて使い勝手が悪いと感じる人は多くいます。そこで、石けんを固くしようと、高級油脂であるココアバターやシアバターを入れると・・・・これらの油脂には牛脂以上にステアリン酸が含まれて、牛脂以上に石けんカスができやすい石けんになります。

 肌の状態、使っている水の硬度、使っている石けんの性質は個人によって大きく異なります。本に書かれていた一面だけを信じたり、うわさを鵜呑みにするのでなく、自分の目で調べ、自分の肌で確かめてください。

 牛脂を嫌う人がいる一方、同じ動物油である馬油石けんは人気があります。脂肪酸組成を比べると、馬油の方が脂肪酸のバラエティが豊かで、バランスが良いことがわかります。しかし、ステアリン酸は含まれています。ラードも入手しやすい油脂ですが、牛脂と馬油の中間的な脂肪酸組成です。
 私は、石けんを作るときにラードを使うことが多いです。バランスソープは理想の手作り石けんを目指したもので、脂肪酸組成を最適化しています。脂肪酸組成を最適化するときに、植物油脂だけではどうしてもうまくいかず、ラードを使うことで安価で、入手しやすく、バランスの良い石けんを作ることができるからです。